プロフィール
| 本名 | Barry Keoghan |
|---|---|
| 生年月日 | 1992年10月18日 |
| 出身地 | アイルランド・ダブリン |
| カテゴリ | 俳優 |
| デビュー | 2011年(映画「Between the Canals」) |
バリー・コーガンの演技に共通するのは、感情の沸点が見当たらないことだ。「聖なる鹿殺し」(2017)のマーティン、「イニシェリン島の精霊」(2022)のドミニク、「ソルトバーン」(2023)のオリヴァー——いずれも、怒っているのか喜んでいるのか哀しんでいるのか、観客に判別させる手がかりが故意に削ぎ落とされている。普通の俳優は表情の振り幅で感情のメーターを動かす。コーガンはメーター自体を画面から外す。
この「沸点の不在」は演技論であると同時に来歴の問題でもある。コーガン本人がメディアに繰り返し公開してきた事実として、彼は5歳から9歳まで兄エリックとともに13の里親家庭を渡り歩いた。母親はヘロイン依存の末に12歳のときに亡くなっている。
— 01サマーヒルの少年期と俳優以前
1992年10月18日、アイルランド・ダブリン中心部の北側、最も貧しい地区の一つに数えられるサマーヒル地区に生まれた。5歳から9歳まで7年間で13の里親家庭を渡り歩いた後、祖母・叔母・姉ジェマが里親システムから二人の兄弟を引き取り、二寝室の家で5人暮らしを始めた。
学業からは早くに離れ、10代でボクシングに本格的に取り組んだ。彼の歩き方、肩の角度、相手との距離の詰め方には、競技スポーツで身につけた間合いの感覚が滲む——ただし俳優として武器になっているのは、その身体能力よりも、感情を表に出さない訓練のほうかもしれない。
俳優としての出発は2011年、地元ダブリンを舞台にした低予算映画「Between the Canals」での小さな役。キャスティング・コールに応募した一般人としてのスタートだった。その後、BBC ドラマ「Love/Hate」(2013)でダブリンのギャング世界の若者を演じ、アイルランド国内で頭角を現す。
— 02ランティモスとマクドナーが選んだ顔
2017年が転換点になる。ヨルゴス・ランティモス監督「聖なる鹿殺し」のマーティン役は、外科医の家庭に取り憑く少年——物語の半分が過ぎるまで、彼が風変わりな少年なのか禍々しい存在なのか判断できない曖昧さの真ん中で、コーガンは表情の温度を一定に保ち続けた。同年クリストファー・ノーラン監督「ダンケルク」で撤退戦に巻き込まれる若者ジョージも演じ、翌2019年には「ダンケルク」と「聖なる鹿殺し」の二本で BAFTA ライジングスター賞にノミネートされた(受賞はレティシャ・ライト)。
2022年、マーティン・マクドナー監督「イニシェリン島の精霊」のドミニク・キアニー役(コリン・ファレル演じるパードリックの隣人)で、コーガンは30歳でアカデミー助演男優賞にノミネートされた(同作で英国アカデミー賞=BAFTA 助演男優賞は受賞している)。マクドナー本人が直接メールを送って配役を打診したという裏話を本人がインタビューで明かしている。1920年代の架空のアイルランド島で、知的な発達に遅れがあり暴力的な父親に怯える若者を、コーガンはアイルランド英語の最も土着的なイントネーションで演じた。キリアン・マーフィーと並ぶアイルランド俳優の新しい代表として、北米の批評家がコーガンの名前を覚えた年でもある。
私がコーガンの仕事で最も鮮明に憶えているのは「イニシェリン島の精霊」終盤、湖の縁でドミニクが告白した直後の、台詞のない長めのワンショットである。一切の説明台詞なしに、それまで観客が「コミカルな若者」として処理してきた人物像が、一瞬で「絶望の中にいる人間」へと反転する——あの転換は、表情を抑えてきた俳優にしか実現できない種類のショットだった。コーガンが他のアイルランド俳優と区別される点は、視線を据えることでも台詞回しでもなく、観客に「自分は何を見落としていたのか」と振り返らせる種類の編集ポイントを、自分の側から提供できることにある。30歳のオスカーノミネートは、その編集ポイントの精度に対する評価だった。
— 03バリー・コーガンと「沸点不在」演技の系譜
「感情の沸点が見えない俳優」というカテゴリーは、英語圏映画に確かに存在する。ロバート・ブレッソンが俳優にではなくモデルに演じさせた「Au hasard Balthazar」(1966)以来、感情表出の意図的な抑制は欧州映画の一系統として続いてきた。ホアキン・フェニックスが「ザ・マスター」(2012)で頬の引き攣りを抑え、ティルダ・スウィントンが「3つの鍵」シリーズで虹彩を動かさず、エドワード・ノートンが「プライマル・フィア」(1996)で表情の二重底を演じる——いずれも「観客が読みたがる表情」を意図的に与えない設計だ。
しかしコーガンの仕事を彼らと並べたとき、際立つのは「演技の意図」より「俳優自身の生来の質感」のほうに重みが置かれている点だ。フェニックスは抑制を技術として実行しているが、コーガンの「沸点不在」は、5歳から9歳までの13の里親家庭という背景と分離して論じることが困難である。「ソルトバーン」のオリヴァーが屋敷の中で家族の輪を観察する視線、「聖なる鹿殺し」のマーティンが外科医の家庭を蝕む静けさ——彼の役柄は「外部から閉じた共同体を観察する」位置に置かれることが多く、その位置取りに俳優自身の生育史が含み入れられている。
リバー・フェニックス(1970–1993)が同年代だったら、コーガンと並ぶ俳優として比較されていたかもしれない——「マイ・プライベート・アイダホ」(1991)の身体感覚と、コーガンの「沸点不在」は、観客に「この俳優は実生活で何を経験してきたのか」を考えさせる種類のリアリティを共有している。
観客側から見える「沸点不在」の応用
コーガンの主演作が引き受けてきた物語の多くは、「外部から閉じた共同体を観察する人物」を起点にする。この位置取りは、彼の演技が抑制的であるほど物語の重力が増す構造を持つ。次節で扱う「ソルトバーン」での主演到達は、その構造に賭けた監督エメラルド・フェネルの判断が、コーガンの俳優としての固有性を商業ドラマの主役級に翻訳した瞬間でもある。
— 04ソルトバーン — 主演俳優への跳躍
2023年、エメラルド・フェネル監督「ソルトバーン」のオリヴァー・クイック役で、コーガンは初めて大作の単独主演を任された。オックスフォード大学の貧しい奨学生が貴族の同級生フェリックスに招かれて夏の屋敷に滞在する物語で、本作は2023年8月31日テルライド映画祭プレミア、11月17日英米同時公開。彼はゴールデングローブ賞主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされた。
2025年は「Bring Them Down」(2月)でアイルランドの羊飼い兄弟を、ザ・ウィークエンド主演「Hurry Up Tomorrow」(5月)でも出演を続けた。2026年はバート・レイトン監督「Crime 101」(ドン・ウィンスロウ原作)でクリス・ヘムズワース、マーク・ラファロ、ハル・ベリーと共演、同年公開予定のスティーヴン・ナイト監督「ピーキー・ブラインダーズ The Immortal Man」では再びキリアン・マーフィーのトーマス・シェルビーと同じ画面に立つことになる。
次にコーガンの作品を観るときは、彼が「笑った直後の数秒」だけを注視してほしい。笑顔が消える速度が他の俳優の半分しかない——その遅延こそが、彼の画面を不穏にしている正体である。
— 05基本データ — 身長・結婚・怪我
バリー・コーガンのプロフィールと、検索で関心の高い項目を、本人の公表内容と公的に確認できる範囲で整理する。
- 生年月日:1992年10月18日(アイルランド・ダブリン、サマーヒル地区生まれ)
- 身長:非公表。複数メディアで170〜173cmの範囲が伝えられているが、本人の公式発言はない
- デビュー:2011年、映画「Between the Canals」
結婚・家族:本稿執筆時点で結婚はしていない。一児(息子)の父であることは本人がインタビュー等で公にしている。子の個人情報(実名・生年などの特定情報)は本人の公表内容を尊重し、本稿では扱わない。
怪我:「怪我」が検索されるのは、コーガンが2022年に壊死性筋膜炎(人食いバクテリアによる感染症)で腕の切断が選択肢に挙がるほどの重篤な状態に陥っていたことを、2024年1月の British GQ インタビューで自ら公表したためだ(CNN)。彼はガラスで腕を切った傷口からの感染だったと語っており、現在も腕に手術痕が残る。本人が公的に語った範囲の事実であり、健康状態についての推測ではない。