人口約540万人のアイルランドから、現在のハリウッドで主演級として活動する俳優の数は、人口比で見て他のどの英語圏よりも高密度である。第96回アカデミー主演男優賞(2024年、キリアン・マーフィー「オッペンハイマー」)、その前年のバリー・コーガン・コリン・ファレルの助演男優賞ダブルノミネート(ともに「イニシェリン島の精霊」2022)——アイルランド出身の俳優たちは、英米の観客動員ベースが極めて大きい大作群の中心に居続けている。2022年国勢調査でアイルランド共和国の人口は約515万人、2024年4月の推計で約538万人だが、この分母から連続して主役級が出てくる現象は、俳優個人の資質だけでは説明がつかない。(出典:CSO Population and Migration Estimates April 2024) — trust: official
本稿はこの現象を、俳優や作品のリストとしてではなく、3つの分析フレームとして扱う。第一に、アビー劇場(1904)から現代のスクリーン専業スクールまでを一本の供給パイプラインとして連結すること。第二に、第四世代で分岐した二つの訓練の血統(舞台型とスクリーン型)を対照させること。第三に、「アイルランド俳優の躍進」を一枚岩とせず、作品ごとに異なる受容のメカニズムを類型化すること。いずれも、各俳優・各劇場を独立項目としてしか並べない事典的整理では構造的に出せない観点であり、公開情報への編集的な加工として提示する。
— 01第一世代 — 訛りを資産に変えた仕事
ガブリエル・バーン(1950年生、ダブリン・ウォーキンズタウン出身)はその最初の名前である。元教師(クラムリンのアードスコル・エアナでスペイン語と歴史を教えていた)から、ダブリンのフォーカス劇場・アビー劇場を経て俳優に転身した経歴は、後続世代がたどる「学院→舞台→スクリーン」経路の原型でもある。彼はコーエン兄弟「ミラーズ・クロッシング」(1990)のトム・リーガン役、ブライアン・シンガー「ユージュアル・サスペクツ」(1995)でハリウッドに定着し、HBO「In Treatment」(2008–2010)でゴールデングローブ賞主演男優賞(テレビドラマ部門、2009)を獲得した。(出典:Gabriel Byrne - Wikipedia) — trust: official
同世代にはリーアム・ニーソン(1952年生、北アイルランド・バリーミナ出身)、ピアース・ブロスナン(1953年生、ラウス州ドロヘダ生まれ・ミーズ州ナバン育ち)、エイダン・クイン(1959年生、シカゴ生まれで幼少期をオファリー州バーで過ごした)が並ぶ。彼らは1980年代後半から1990年代にかけて、それぞれ異なる経路でハリウッドの主役級に到達した。
第一世代が果たした最も構造的な仕事は、アイルランド訛りを「移民の訛り」から「画面の中の選択肢の一つ」に変えたことだと整理できる。それまでのハリウッドでは、英語の暗黙の標準は「中西部アメリカ訛り」か「BBC英語」のいずれかであり、アイルランド訛りは副次的な位置に置かれていた。バーンやニーソンは自分たちの訛りを矯正せずに国際大作の主役を引き受けた。ここで重要なのは、後の世代がこの遺産を「反転」させた点である。第一世代が訛りを矯正しないことで選択肢を作ったのに対し、第三・第四世代は逆に、育成環境で多様な音を耳にする素地を土台に、複数のアクセントを技術として着脱する演者へと変わっていく。訛りは「ハンデ」から「演技力を証明する装置」へと役割を変えた——この受容の反転は後述の第06節でさらに具体化する。
— 02第二・第三世代 — 同年生まれの分岐
第二世代の代表はコリン・ファレル(1976年生、ダブリン出身)。海外進出前にダブリンの Gaiety School of Acting(1986年設立、後述)で訓練を受け(TVシリーズ「Ballykissangel」出演のため中退)、ジョエル・シュマッカー監督「タイガーランド」(2000)でデビュー。2002〜2004年に「マイノリティ・リポート」「フォーン・ブース」「アレキサンダー」と主演大作を連続して引き受け、「次世代スター」枠の中心を担った。(出典:Gaiety School of Acting - About) — trust: official
ただし大作路線は「アレキサンダー」(2004、世界興収1.67億ドルで製作費1.55億ドルをわずかに上回るのみ)で批評・商業の両面で躓く。ファレルはその後、マーティン・マクドナー監督「イン・ブルージュ」(2008)でコメディ/ミュージカル部門のゴールデングローブ賞主演男優賞を獲得し、批評的評価を回復した。批評家からは、不機嫌さと可笑しさ、危うい色気、そして少年のような傷つきやすさが同居する演技だと評された(In Bruges 評 — MovieWeb — trust: verified)。以後、彼はマクドナー作品(「セブン・サイコパス」2012、「イニシェリン島の精霊」2022)、ランティモス作品(「ロブスター」2015、「聖なる鹿殺し」2017)、そしてHBO「ペンギン」(2024)へと、「大作スター」から「作家映画とプレステージTVの中心」へキャリアの形を作り直した。(出典:Colin Farrell - Wikipedia) — trust: verified
第三世代はキリアン・マーフィー(1976年生、コーク市ダグラス地区出身)。ファレルとは同年生まれだが、原点も経路も対照的である。マーフィーの出発点は正規の演劇教育ではなく、1996年、コークの地域劇団 Corcadorca(演出パット・キアナン)による学校ワークショップと、そこから生まれた舞台「Disco Pigs」だった。マーフィー自身は当時の自分を「演劇に無学(theatre illiterate)」と振り返り、初めて学校外で読んだ戯曲がこの作品だったと語っている。作者エンダ・ウォルシュがわずか5日で書いたこの舞台は、当初トリスケル・アーツ・センターで2週間の予定が、欧州・カナダ・豪州を2年巡演する成功作となり、マーフィーは大学とバンドを辞めた。ここには、ダブリンでも正規の学院でもない「地方発・非正規訓練」という供給経路が現れている。(出典:The Irish Times - Cillian Murphy and Eileen Walsh on Disco Pigs) — trust: official
そこからマーフィーは独立映画とイギリス映画(「28日後…」2002、「プルートで朝食を」2005)を経て、クリストファー・ノーラン監督との協働へ進む。この協働の内実は、脇役から主役への18年がかりの「昇格」として読める。「バットマン ビギンズ」(2005、スケアクロウ)→「インセプション」(2010、フィッシャー)→「ダンケルク」(2017、震える兵士)と不気味さや脆さを担う脇役を重ね、6作目の「オッペンハイマー」(2023)で初めて単独主演を任され、アイルランド生まれの俳優として初のアカデミー主演男優賞を獲得した。(出典:Cillian Murphy - Wikipedia) — trust: official
同年生まれの二人が、片や「大作スターの解体と作家映画への移行」、片や「非正規の舞台出自から巨匠との長期協働を経て頂点へ」という正反対のカーブを並走させた事実は、第二・第三世代のアイルランド俳優が「ハリウッド主流」と「作家映画+プレステージTV」という二つの道を同時に確立したことを意味する。2022年「イニシェリン島の精霊」がファレル・ブレンダン・グリーソン・コーガン・ケリー・コンドンとアイルランド俳優だけで主要キャストを揃え、その主要4人が全員アカデミー賞にノミネートされたのは、産業がアイルランド俳優を「主要登場人物の自然な選択肢」として扱う段階に入ったことの象徴である。
— 03第四世代 — 舞台型とスクリーン型の分岐
第四世代を代表するのはポール・メスカル(1996年生、ダブリン生まれ・キルデア州メイヌース育ち)とバリー・コーガン(1992年生、ダブリン・サマーヒル出身)だが、この二人を同じ「新世代」として一括りにすると、第四世代で起きた最も重要な変化が見えなくなる。二人の訓練の血統は正反対である。
メスカルは舞台型の血統に属する。トリニティ・カレッジ・ダブリン附属の演劇学校 The Lir Academy(2011年設立、1学年わずか16名の少数精鋭コンサバトワール)で声・動き・アクセント・古典テキストを叩き込まれ、2017年に演技のBAを取得した。卒業直後にはダブリンのゲイト劇場でイマーシブ演出の舞台「The Great Gatsby」のタイトルロールを務め、その後ロンドンでも研鑽を重ね、2022年にはアルメイダ劇場の「欲望という名の電車」でスタンリー・コワルスキー役を演じ、翌2023年のオリヴィエ賞主演男優賞を獲得している。「Normal People」(2020)や「アフターサン」(2022)の繊細な男の像とは真逆の暴力的な役を舞台で担った事実は、彼が映画俳優である前に受賞級の舞台俳優であることを示す。(出典:The Lir Academy - Paul Mescal) — trust: official (出典:The Irish Times - Paul Mescal wins Olivier Award) — trust: verified
コーガンはスクリーン型の血統に属する。彼は2010年前後、ダブリン・サマーヒルの店頭に貼られた地元犯罪ドラマ(「Between the Canals」、マーク・オコナー監督。2010年プレミア・2011年公開)の募集チラシに応じて、無経験・無訓練で最初の役を得た。里親家庭で幼少期の7年間を過ごしたサマーヒル出身という背景を持つ彼の訓練は、その後ダブリンのスクリーン専業スクール Bow Street Academy(前身は2010年頃設立の The Factory)で受けたものだった。この学校は「演技のジム」として台本ワークショップを非公式に回す方式で、舞台ではなくカメラ前の演技に特化している。設立に関わったのはジョン・カーニー(「Once ダブリンの街角で」)、カーステン・シェリダン、ランス・デイリーといった映画監督たちで、卒業生にはコーガンのほかジャック・レイナー、ニーヴ・アルガー、ブライアン・グリーソンらがいる。したがって記事化にあたって注意すべきは、コーガンを「専門的な演劇教育を受けなかった俳優」と単純化しないことである。正確には「路上のチラシで発見された後、スクリーン専業スクールで訓練した」——舞台の古典テキストではなく、カメラ前の演技を学んだのだ。(出典:The Hollywood Reporter - Dublin acting school Bow Street Academy / The Factory) — trust: official (出典:Barry Keoghan - Wikipedia) — trust: official
つまり第四世代の内部では、第三世代までは実質一本だった「舞台を経てスクリーンへ」という経路が、**舞台型(Lir/トリニティ=声・古典・アクセント統制)とスクリーン型(Bow Street=カメラ前の一人称体験)**という二つの血統に分岐した。メスカルとコーガンは同世代でありながら、この分岐の両極を体現している。そして2028年公開予定のサム・メンデス監督によるビートルズ4部作では、メスカルがポール・マッカートニー役、コーガンがリンゴ・スター役を担う(残る2役は英国出身のハリス・ディキンソン(ジョン・レノン役)とジョセフ・クイン(ジョージ・ハリスン役)が演じる)。二人のアイルランド俳優が英国の最も象徴的なバンドを演じるこの配役は、それ自体が世代論として記録される事案である。(出典:The Beatles – A Four-Film Cinematic Event - Wikipedia) — trust: official
— 04ケルト圏比較 — 個の到達点か、集団の連鎖か
「ケルト圏出身俳優のハリウッド進出」という枠で見ると、アイルランド以外にもスコットランドとウェールズが代表的な供給源として存在する。スコットランドはショーン・コネリー(1930–2020、エディンバラ生)、ユアン・マクレガー(1971年生、パース)、ジェームズ・マカヴォイ(1979年生、グラスゴー)、ロバート・カーライル(1961年生、グラスゴー)と継続的に主役級を輩出。ウェールズはアンソニー・ホプキンス(1937年生、ポート・タルボット)、リチャード・バートン(1925–1984、ウェールズ・アファン渓谷の炭鉱村ポントリディヴェン出身)、クリスチャン・ベール(1974年生、ハヴァフォードウェスト)、マイケル・シーン(1969年生、ニューポート)と、少数だが密度の高い俳優群を抱えている。
アイルランドを他の二地域から区別する指標として、人口比よりも重要なのは「世代継承の読まれ方」である。ここで人口を論拠にする場合は分母を明示する必要がある。スコットランドは約544万人(2022年国勢調査)、ウェールズは約310万人(2021年)、アイルランド共和国は約515万人(2022年国勢調査)で、共和国だけで見ればスコットランドとほぼ同規模だ(北アイルランドを含む島全体では約700万人になるため、比較の際はどちらの分母かを揃える必要がある)。だが、20代の主役級新人を10年単位で連続供給しているのはアイルランドだけである。生年で見れば、コーガン(1992年)・メスカル(1996年)に対し、スコットランドの主役級はマカヴォイ(1979年)・マクレガー(1971年)と中堅以上が中心で、20代の新人が国際的な主演を担う例は目立たない。(出典:Scotland’s Census 2022 - Rounded population estimates) — trust: official
この差は数値以上に、受容のされ方に表れる。スコットランドとウェールズの俳優群は「個別の名優の到達点」として記憶される傾向が強い。象徴的なのはホプキンスで、「羊たちの沈黙」(1991)のハンニバル・レクターはわずか約16分の出演でありながら主演男優賞を獲得した——集団の連鎖ではなく、個人の突出した偉業として位置づけられる典型である。(出典:Anthony Hopkins - Wikipedia) — trust: verified
一方、アイルランドの俳優群は「集団」として名指しされている。この主張は主観ではなく、メディアが与えた固有名詞という外部証拠で裏づけられる。RTÉ Cultureは近年のこの現象を「Green Wave(緑の波)」と総称し、ニューヨーク誌の映画・カルチャー媒体 Vulture は特集「The Pluck of the Irish」でこの世代を横断的に扱った。個々の名優の到達点としてではなく、世代・集団として受容されている事実そのものが、ここでの証拠である。(出典:RTÉ Culture - Green Wave) — trust: verified
俳優自身もこの集団性を内側から語る。メスカルはインタビューで「私の好きな俳優はアイルランド俳優だ。共有された感性があり、彼らには生来の野性(wildness)がある」「私たちはシステムの外で育ったから、少しばかり自分のやり方を貫く」と述べ、自分が主演した映画のおよそ半分をアイルランド俳優と共演したと語っている。「システムの外で育った」という自己認識は、後述する「アウトサイダー性」のテーゼと呼応する。(出典:The Irish Times - Paul Mescal: My favourite actors are Irish) — trust: official
— 05供給パイプラインの一世紀 — 産業構造
なぜアイルランドが「個人」ではなく「連鎖」を生むのか。その答えは、演劇インフラを独立した施設の集合としてではなく、一世紀にわたって連結した供給パイプラインとして見ると立ち上がる。
出発点はアビー劇場である。1904年12月27日に開場したアビー劇場は、1925年からアイルランド自由国が年次補助金を出した英語圏で最初の国家補助劇場で、イェイツ、レディ・グレゴリー、シング、ショーン・オケイシーら劇作家と俳優を育てた「揺りかご」だった。次いで1928年、ヒルトン・エドワーズとミホール・マクリアモアがゲイト劇場を創立し、イプセン、オニール、ワイルドといった国際レパートリーをアイルランドに持ち込む。ここではオーソン・ウェルズ、ジェームズ・メイソン、マイケル・ガンボンらがキャリアを開始した。(出典:Abbey Theatre - History) — trust: official (出典:Gate Theatre - Wikipedia) — trust: official
パイプラインは20世紀後半に養成機関へと拡張する。演出家ジョー・ダウリングは「当時アイルランドにフルタイムの俳優養成課程が存在しない」ことに応えて、1986年に Gaiety School of Acting を創立した。アイルランド最長の2年制プロ俳優養成課程で、卒業生にはコリン・ファレル、エイダン・ターナー、サラ・グリーンらがいる。そして2010年代に入り、パイプラインは前述の二経路へ分岐する——2011年、トリニティ・カレッジ附属で声・古典テキストを重視する The Lir Academy(メスカルの母校)と、2010年頃に設立されカメラ前の演技に特化する Bow Street Academy/The Factory(コーガンの経路)である。重要なのは、これを単なる施設の設立年表としてではなく、各世代がその時点で新たに利用可能になったノードを選んで通過してきた履歴として読むことだ——バーンはフォーカス/アビー、ファレルはゲイティ、メスカルはLir、コーガンはBow Street。アビー(1904)→ゲイト(1928)→ゲイティ(1986)→Lir/Bow Street(2010–11)という連なりは、一世紀かけて「舞台の古典訓練」から「スクリーン専業の実務訓練」までを重層的にカバーする供給網が形成され、後続世代が実際にその網を通過してきたことを示している。(出典:Gaiety School of Acting - About / Alumni) — trust: official
産業インフラの側面も具体的に効いている。映画・テレビの税制優遇 Section 481 は、1987年財政法の Section 35 として創設され(1997年の税法統合で現名称に改称)、1993年には当時の芸術・文化・ゲールタハト相マイケル・D・ヒギンズ(現アイルランド大統領)が個人投資家への適用拡大を主導して産業基盤を広げた。1994年に撮影された「ブレイブハート」(1995年公開)は、1993年の制度拡充後にアイルランドへ誘致された大規模ハリウッド製作の代表例であり、2015年には現行の税額控除方式へ移行した。ただし、この税制の直接の目的はあくまで製作誘致であって、俳優輩出ではない。因果として言えるのは「外資撮影の継続的な誘致が、地元の俳優やスタッフに国際的な現場経験を蓄積させ、輩出の土壌を厚くした」という二次効果までである——税制が俳優を生むのではなく、撮影の集積が経験の場を作り、その場を国内の養成網が受け止めた、という連鎖として読むのが正確だ。(出典:Screen Ireland - Section 481) — trust: official (出典:Revenue - Film Relief) — trust: official
言語と歴史の層も加わる。英語が母語であるためハリウッドへの言語障壁が他の欧州諸国より低い一方、アイルランド英語は「BBC英語でもアメリカ英語でもない第三の音色」として配役上の差別化要因になる。アクセント訓練の実務家によれば、育成環境で南部/ダブリン系とアルスター系という複数の音を耳にする素地が、後年の多アクセント習得の背景として語られる(ただし言語学的に「中立的なアクセント」は存在しないという但し書きが付く)。マーフィーは「オッペンハイマー」の中西部米語作りを「口の筋トレ(口のためのジム通い)」と表現しており、訛りが才能ではなく訓練の産物であることを本人の言葉が示している。(出典:Actors’ Dialect Coach - Irish) — trust: unverified
さらに歴史的な「アウトサイダー性」も、この現象の土台として論じられる。19世紀のアイルランド演劇は大飢饉(1845–1852)を引き金とする大量移民の社会変動のなかで発展し、移民は英・北米の都市へアイルランド人パフォーマーを分散させた。1920年時点でアイルランド生まれの4人に1人が米国に居住していたとされる。学術的には、英・アイルランドの俳優が米国人役を演じる際、その「訛られた声」は物語上「異化(othered)」され、非ネイティブという場外性が逆説的に演者の技量を際立たせる、というキャスティング論が提示されている。この「移民性・アウトサイダー性」の軸は、メスカルの「システムの外で育った」という自己認識とも重なる。ただしディアスポラ論やアクセント習得容易性の議論は二次資料・学術PDFに基づく仮説であり、断定は避け「〜と論じられる」という留保で扱うべき領域である。(出典:Exploring the Casting of British and Irish Actors - academia.edu) — trust: unverified
なお、しばしば「年長世代が成功例を残すことで後続の心理的閾値が下がる」という世代間継承の連鎖として語られるこの現象について、本稿はこれを著者の総合的な仮説として提示する。ファレル自身が2024年に語ったのは「私たちは身の丈をはるかに超えて殴り込んでいる(punch so far above our weight)」「500万人の国だが、音楽・散文・詩・映画・演劇を通じて物語(storytelling)と深く結びついている」というstorytelling文化論であり、「継承の連鎖/閾値低下」という定式化はファレルの発言そのものではない。混同を避けるため、ここではこの仮説を三人称の論考として提示する。(出典:The Hollywood Reporter - Colin Farrell on rise of Irish actors) — trust: official
— 06受容の三類型 — 躍進の中身を分解する
「アイルランド俳優の躍進」はしばしば一枚岩で語られるが、個々の主演作を受容のメカニズムで分解すると、少なくとも三つの異なる型が浮かび上がる。これは受賞歴の羅列では出てこない、受容そのものの類型化である。
満場一致の絶賛型。 マーフィー「オッペンハイマー」(2023)がその頂点で、BAFTA・ゴールデングローブ・SAG・アカデミーの主演男優賞を完全制覇した。批評分断の余地がほとんどない受容である。ファレル「イニシェリン島の精霊」(2022)も同型で、ヴェネツィア映画祭でヴォルピ杯(男優賞)を受賞し、プレミア上映はその年の映画祭最長となる15分間のスタンディングオベーションで迎えられた。(出典:Deadline - Cillian Murphy wins Best Actor 2024 Oscars) — trust: verified (出典:RTÉ - Colin Farrell wins Best Actor at Venice) — trust: official
分断・炎上型。 コーガン「ソルトバーン」(2023)は前二者とは別種の受容を示す。批評は割れ(Rotten Tomatoes批評71%に対し観客79%と逆転)、ハリウッド・リポーターは「スタイリッシュだが結局は的外れな、借り物のアイデアの寄せ集め(a stylish but ultimately silly patchwork of borrowed ideas)」と評した。にもかかわらずネット上では異常な話題性を持ち、アイリッシュ・タイムズは「冷ややかな批評的評価にもかかわらずシーズン最も語られた作品」と総括し、「Saltburn の話題性がなければオスカーにここまで近づけなかった」とまで分析している。批評の評価と社会的話題性が乖離する型である。(出典:The Irish Times - How Saltburn became the most chattered-about film) — trust: official
インディー・アンダードッグ型。 メスカル「アフターサン」(2022)は小規模作品ながら満場一致に近い絶賛(Rotten Tomatoes 96%、Metacritic 95)を集め、アカデミー主演男優賞にノミネートされた。派手な賞レースではなく批評家の静かな熱量によって評価が積み上がる型である。(出典:Aftersun - Metacritic) — trust: verified
この三類型と交差するのが、第01節で触れた**「大作で躓き→作家映画で救済」という受容曲線**である。ファレルは「アレキサンダー」で躓き「イン・ブルージュ」で救われた。世代を下ったメスカルも、「アフターサン」の絶賛の後に大作「グラディエーターII」(2024)主演で「ラッセル・クロウに及ばない」という比較批判にさらされ、賛辞はむしろ共演のデンゼル・ワシントンへ集中した。同じパターンが世代を超えて反復している。メスカル本人は比較を避け、自分の繊細な解釈はクロウの傷ついた武人像とは異なる、俳優としての自然な本能に基づくものだと語っている。(出典:The Irish Times - Paul Mescal on Gladiator II) — trust: verified
さらにアクセントが受容の変数になる現象も、この世代で顕在化した。コーガンは「聖なる鹿殺し」(2017)のオハイオ訛りが高く評価される一方、「ソルトバーン」の労働者階級マージーサイド訛りには稚拙だという批判も出た。もっとも、その拙さこそが成り上がろうとする偽物というオリックの本質を逆説的に体現している、と擁護する見方もある。ソーアシャ・ローナンも米国訛りの完成度が評価される一方、授賞式のたびにSNSで訛り論争が繰り返される。第01節で述べた「訛りを矯正しない」第一世代から、「訛りを技術として演じ分け、その巧拙が評価対象になる」現代への反転が、ここに具体的な受容の証拠として現れている。(出典:ScreenRant - Barry Keoghan bad accent Saltburn) — trust: verified
— 07基本データ一覧 — 訓練経路つき
本稿で扱った主な俳優を、生年・出身地・訓練経路・代表作で一覧化する。訓練経路の列は、第03・05節で論じた「供給パイプライン」と「舞台型/スクリーン型の分岐」を検証するための証拠表として機能する(単なる出身地別リストではなく、経路の対照が読み取れるように整理した)。
| 俳優 | 生年 | 出身地 | 訓練経路 | 代表作 |
|---|---|---|---|---|
| ガブリエル・バーン | 1950 | ダブリン(ウォーキンズタウン) | 元教師→フォーカス劇場/アビー劇場 | 「ユージュアル・サスペクツ」「In Treatment」 |
| リーアム・ニーソン | 1952 | 北アイルランド・バリーミナ | ライリック劇場(ベルファスト)ほか舞台 | 「シンドラーのリスト」「Taken」 |
| ピアース・ブロスナン | 1953 | ラウス州ドロヘダ生/ミーズ州ナバン育ち | ロンドンの Drama Centre で訓練 | ジェームズ・ボンド・シリーズ(1995–2002) |
| ブレンダン・グリーソン | 1955 | ダブリン | 元教師→アマチュア舞台を経てプロ転向 | 「イニシェリン島の精霊」 |
| コリン・ファレル | 1976 | ダブリン | Gaiety School of Acting(中退) | 「イン・ブルージュ」「イニシェリン島の精霊」「ペンギン」 |
| キリアン・マーフィー | 1976 | コーク市ダグラス地区 | 正規教育なし/Corcadorca の舞台「Disco Pigs」 | 「オッペンハイマー」(第96回アカデミー主演男優賞) |
| バリー・コーガン | 1992 | ダブリン・サマーヒル | 路上のチラシで発見→Bow Street Academy(スクリーン型) | 「ソルトバーン」「聖なる鹿殺し」 |
| ポール・メスカル | 1996 | ダブリン生/キルデア州メイヌース育ち | The Lir Academy(2017 BA、舞台型) | 「Normal People」「アフターサン」「グラディエーターII」 |
なお、第一世代のニーソン・ブロスナン・グリーソンの3行は、アイルランド国内に本格的な俳優養成網が整う前の世代で、訓練経路がばらけている——ニーソンはベルファストの舞台、ブロスナンはロンドンでの訓練、グリーソンは元教師からのアマチュア舞台という具合だ。とりわけブロスナンが国内ではなくロンドンで訓練した事実は、第一世代には国外へ出る経路が混在していたこと、すなわち国内パイプラインが未成熟だったことを逆に示す参照行である。第03・05節で論じた「舞台型/スクリーン型の分岐」は、この養成網が整った第四世代で初めて明確に現れる。
国外生まれでアイルランド国籍・育ちの俳優も、この供給圏に含めて論じられる。ダニエル・デイ=ルイス(1957年・ロンドン生まれ、1993年にアイルランド国籍取得)はアカデミー主演男優賞を3回(「マイ・レフトフット」1989、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」2007、「リンカーン」2012)受賞しており、初受賞作「マイ・レフトフット」はアイルランド系の題材である点でこのカテゴリと接続する。ソーアシャ・ローナン(1994年・ニューヨーク生まれ、両親ダブリン出身、3歳でアイルランド・カーロウ州アルダティンへ移り育つ)は「ブルックリン」(2015)で、移住直後だった自身のホームシックを重ねてアイルランド移民の女性を演じた——役と演者が二重に「移民」を体現した例であり、第05節の「アウトサイダー性」の軸を一本の作品で検証できる好例である。(出典:Daniel Day-Lewis - Wikipedia) — trust: official (出典:Saoirse Ronan - Wikipedia) — trust: official
「アイルランド出身」と一口に言っても、ニーソンのように北アイルランド(英国)に属する地域の出身者や、デイ=ルイス・ローナンのように国外生まれで国籍・育ちがアイルランドの俳優も含まれる。この一覧が示すのは、共和国の都市部を中心に、一世紀の供給パイプラインを通じて主役級が連続的に育ってきたという構造そのものである。