アカデミー主演男優賞は、映画賞の中で最も古い継続的な記録の一つである。1929年5月16日、ハリウッドのルーズベルト・ホテルで開催された第1回アカデミー賞授賞式から、2024年のキリアン・マーフィーまで、96回の歴史を一本の線として描くことができる。
— 01歴代受賞者の4つの転換点を結ぶ系譜
1964年:シドニー・ポワチエ、最初の黒人受賞
1964年4月13日、第36回アカデミー賞授賞式でシドニー・ポワチエは「野のユリ(Lilies of the Field)」によって主演男優賞を獲得した。HISTORY.com「Sidney Poitier becomes first African American to win Best Actor Oscar」が記録するとおり、これは黒人男優として初の主演男優賞であり、公民権法成立(1964年7月)の3ヶ月前という時期に、ハリウッドの賞史で一つの境界線を画した出来事だった。像を手渡したプレゼンターはアン・バンクロフト。同年のノミネートはアルバート・フィニー(トム・ジョーンズの華麗な冒険)、リチャード・ハリス(孤独の報酬)、レックス・ハリソン(クレオパトラ)、ポール・ニューマン(ハッド)で、ポワチエはこの4人を抑えた。
ポワチエの次に黒人男優が主演男優賞を受賞するまでには38年かかった。2002年の第74回アカデミー賞で、デンゼル・ワシントンが「トレーニング デイ」により受賞している。同じ授賞式でポワチエはアカデミー名誉賞を受賞した。
1973年:マーロン・ブランド、受賞拒否
1973年3月27日、第45回アカデミー賞授賞式でマーロン・ブランドは「ゴッドファーザー」によって主演男優賞に選ばれた。しかし本人は会場にいない。壇上に立ったのは、先住民権利活動家として登壇したサチーン・リトルフェザーだった。彼女はハリウッドが先住民を扱う方法への抗議とウーンデッド・ニーでの占拠運動への支援を声明として読み上げ、ブランドは受賞そのものを拒否した。この一部始終はHISTORY.comが記録している。
この受賞拒否は、ハリウッドが先住民をどう描くかという議論が半世紀以上続くきっかけの一つになった。2022年、アカデミーはリトルフェザー本人に当時の対応について正式に謝罪している。なお彼女の先住民としての出自については、同年の死去後に親族やジャーナリストから疑義が呈されており、現在も評価が分かれている。
2013年:ダニエル・デイ=ルイス、史上最多3度受賞
2013年2月24日、第85回アカデミー賞授賞式でダニエル・デイ=ルイスが「リンカーン」によって3度目の主演男優賞を受賞した。受賞3作の公開年は、「マイ・レフトフット」が1989年、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」が2007年、「リンカーン」が2012年。この3度の受賞は男優として歴代最多で、現在も彼だけが記録を保持している。
デイ=ルイスのキャリアの特徴は、出演作の少なさと、一作にかける準備期間の長さである。2017年に「ファントム・スレッド」を最後に俳優業からの引退を表明している。
2021年:アンソニー・ホプキンス、最高齢受賞
2021年4月25日、第93回アカデミー賞授賞式でアンソニー・ホプキンスが「ファーザー」によって2度目の主演男優賞を受賞した。83歳の彼は、演技4部門全体を通じた最高齢の受賞者となった。Deadlineの見出しは「Oldest Ever」だった。それまでの記録は2012年の第84回授賞式で「人生はビギナーズ」(2011年公開)により助演男優賞を獲得した82歳のクリストファー・プラマーだったが、ホプキンスはこれを更新した。前回の受賞(「羊たちの沈黙」、1992年授賞式、作品公開は1991年)から29年ぶりの二度目だった。
ホプキンスの2度目の受賞は、新型コロナ禍で再構成された変則的な授賞式で行われた。本人は授賞式に出席せず、プレゼンターのホアキン・フェニックスが受賞を読み上げてアカデミーが代理受領する形となり、ホプキンス自身はウェールズで隔離中に眠っていたという。主演男優賞は長く「30〜50代男優の場」と見られてきたが、ホプキンスの受賞は80代の俳優が主役として競える先例になった。
— 02賞の政治と俳優の身体
4つの転換点は、それぞれ別の軸を動かしている。ポワチエは人種、ブランドは政治、デイ=ルイスは商業性、ホプキンスは年齢である。性質の違う争点が、同じ一つの賞に順番に現れてきた。
この4例を並べて私が読み取るのは、誰の身体を主役として認めるかという判断が、そのつど賞の側に表れたということである。ただし、ほかの年の受賞も同じ構造だったかは、この4例からは言えない。
— 03最年少受賞・最多無冠ノミネートと日本人俳優の記録
最年少受賞者はエイドリアン・ブロディで、2003年第75回授賞式で「戦場のピアニスト」により29歳で受賞した。それまでの最年少記録(リチャード・ドレイファス、1978年「グッバイガール」で30歳)を更新した29歳という数字は、2026年時点でも破られていない。2025年第97回でブロディは「ブルータリスト」で2度目の主演男優賞を獲得しており、最年少初受賞と2度目の受賞という両方の側で名前を残している。
最高齢受賞者はアンソニー・ホプキンス(2021年「ファーザー」で83歳)で、演技4部門を通じた最高齢受賞の記録を持つ。ホプキンスはその後も「One Life」(2023年トロント国際映画祭初上映、劇場公開は2024年)などで主演を務めているが、第96回アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたのはブラッドリー・クーパー、コールマン・ドミンゴ、ポール・ジアマッティ、キリアン・マーフィー、ジェフリー・ライトの5人であり、ホプキンスは含まれていない。
最多ノミネートながら無冠だった俳優は、ピーター・オトゥールが代表例である。「アラビアのロレンス」(1962)、「ベケット」(1964)、「冬のライオン」(1968)、「グッバイ・ミスター・チップス」(1969)、「ルーリング・クラス」(1972)、「Stunt Man」(1980)、「マイ・フェイヴァリット・イヤー」(1982)、「Venus」(2006)の8度ノミネートで、いずれも受賞に届かなかった。オトゥールは2003年にアカデミー名誉賞を受賞している。名誉賞は競争部門の選考とは別枠のため、無冠の記録はそこで終わらず、2006年「Venus」でのノミネートも受賞には至らなかった。次点はリチャード・バートン(7度ノミネート無冠)。演技部門全体に広げるとグレン・クローズが主演4度と助演4度の計8度ノミネートで無冠だが、これは主演男優賞の記録ではない。
レオナルド・ディカプリオは2016年「レヴェナント」で受賞するまでに、演技賞では主演3度と助演1度の計4度、製作者として作品賞で1度ノミネートされている。「レヴェナント」は通算6度目のノミネートだった。
日本人俳優と主演男優賞
日本人の主演男優賞受賞者はまだいない。Wikipedia の日本関連の受賞・ノミネート一覧を見ても、第1回(1929年)から第96回(2024年)までの96回で、日本人(日本生まれ)の男優が主演男優賞を受賞した例はなく、ノミネートされた例も一度もない。日本人男優が演技部門で名前を残したのはいずれも助演男優賞のノミネートで、早川雪洲(「戦場にかける橋」第30回、1958年)、マコ岩松(「砲艦サンパブロ」第39回、1967年)、渡辺謙(「ラスト サムライ」第76回、2004年)の3人がいるが、受賞には至っていない。日本生まれで初めてアカデミー演技賞を受賞したのは、助演女優賞のミヨシ・ウメキ(「サヨナラ」第30回、1958年)で、アジア系俳優として初の演技賞受賞者でもある。
観客側から見える「数値記録」の意味
転換点を担った4人(ポワチエ、ブランド、デイ=ルイス、ホプキンス)は、最初、拒否、最多、最高齢という形で記録を作った。ブロディ、オトゥール、バートン、ディカプリオが残したのは、最年少、最多無冠、6度目での初受賞という数字である。観客として並べてみると、後者の数字は演技の中身よりも、賞が届いたかどうか、届いたとすればいつだったかを示しているように見える。29歳で受賞したブロディと、8度ノミネートされて一度も受賞しなかったオトゥールは、その両端にいる。
— 04マーフィーが立つ場所
2024年3月10日、第96回アカデミー賞授賞式でキリアン・マーフィーが「オッペンハイマー」によって主演男優賞を獲得した。アイルランド共和国生まれの俳優が主演男優賞を獲得したのは、これが史上初だった。授賞式当夜の報道はアイリッシュ・タイムズにまとまっている。それまでにアイルランド生まれの男優が演技賞を獲得した例としては、1944年「我が道を往く」のバリー・フィッツジェラルド(助演男優賞)がある。アイルランドにルーツを持つ俳優まで枠を広げると、英国生まれで1993年にアイルランド国籍を取得したダニエル・デイ=ルイスが3度の主演男優賞を獲得している。
ポワチエが切り拓き、ブランドが政治化し、デイ=ルイスが量で更新し、ホプキンスが年齢で広げてきた賞の枠に、第96回授賞式では47歳のアイルランド人俳優が入った。「ピーキー・ブラインダーズ」で10年間培った演技をクリストファー・ノーランが大作の規模に乗せた仕事は、アイルランド出身の俳優が、ハリウッド大作の主役としてアカデミーの頂点に立つ事例として記録された。ドラマを追ってきた観客の側から見ると、この受賞は抜擢ではなく、10年分の積み重ねに賞のほうが追いついた出来事だった。
アイルランド人俳優の現在地で見れば、マーフィーは第三世代の代表であり、ガブリエル・バーンが切り拓き、コリン・ファレルが定着させた道筋の先にいる。
第97回アカデミー賞(2025年3月)の主演男優賞は、エイドリアン・ブロディが「ブルータリスト」で受賞した。続く第98回(2026年3月15日)ではマイケル・B・ジョーダンが「Sinners」で主演男優賞を受賞している。第99回の結果はまだ出ていない。