プロフィール
| 本名 | 鈴木雅(旧姓:加藤) |
|---|---|
| 生年月日 | 1858年2月9日(安政4年12月26日) |
| 出身地 | 日本・静岡県 |
| カテゴリ | 看護師・看護教育者 |
| デビュー | 1887年(桜井女学校看護婦養成所入学) |
鈴木雅の名前を知っている現代日本人は、看護史を専攻した者か、明治期の女性史に深く関心を持つ者を除けば、ほとんどいない。だが2026年4月、NHK 朝ドラ「風、薫る」の放送開始とともに、彼女の名前は短期間ではあるが日本中の朝の食卓に届く——主人公一ノ瀬りん(見上愛)のモデルの一人として、また大家直美(上坂樹里)のモデルである大関和と同期の親友として。
彼女が何をした人物だったのか。なぜ彼女と大関和が「明治のナイチンゲール」と並び称されるのか。本稿は2026年朝ドラの背景として、鈴木雅という実在の人物の輪郭を、Wikipedia や日本看護歴史学会、独立行政法人環境再生保全機構のコラム等の資料を辿りながら整理する。
— 01桜井女学校と最初の世代
鈴木雅は1858年2月9日(安政4年12月26日)、静岡県の士族の家庭に生まれた。旧姓は加藤と伝わる。武士の身分が制度として消える直前の世代であり、彼女は江戸末期の社会と明治の近代化を同時に体験する世代の女性として育った。(出典:鈴木雅 (看護師) - Wikipedia)
転機は1887年(明治20年)、東京の桜井女学校に新設された看護婦養成所への入学だった。同養成所には、来日した看護教育者アグネス・ヴェッチ(Agnes Vetch)が同年10月から指導者として着任、東京帝国大学医学部第一医院で実地訓練を担当することになる。鈴木雅は第一期生として入学、同期に大関和(おおぜき・ちか、1858–1932)がいた。(出典:アグネス・ヴェッチ - Wikipedia)
二人はヴェッチの指導のもと、東京帝国大学医学部第一医院での実地訓練を含む課程を経た。当時の日本では、看護はまだ職業として確立されておらず、社会的に低く見られていた。鈴木と大関は、この社会的偏見と戦いながら職業看護師としての道を切り拓いた最初の世代の中心にいる。
筆者が朝ドラ「風、薫る」の制作発表を見た時に印象に残ったのは、史実の鈴木と大関がいかに対照的なバックグラウンドを持つ二人だったかという点だった。鈴木は静岡の士族の娘、大関は栃木県の士族の家に生まれて結婚と離別を経て看護師を志した人——出自も経緯も異なる二人が、明治の桜井女学校で職業看護師として並走を始めた構造は、ドラマの「血縁関係のないW主演」設計と史実上の関係性が呼応している。彼女らがヴェッチから教わった「衛生」と「規律」の観念は、その後の日本の医療現場全体に伝播していくが、その出発点には外国人宣教師ではなく、日本人女性二人が職業として「賤業」を引き受けた決断があった。
— 02東京看護婦会と職業確立
修了後、鈴木雅は同窓と共に職業看護師としての実践と組織化に乗り出す。1891年(明治24年)、彼女は慈善看護婦会(後の東京看護婦会)を創立した。これは、個別に活動する看護師たちを組織化し、職業としての社会的地位を確立する試みだった。日本における看護師の職能団体の起点の一つに数えられている。
1896年(明治29年)には東京看護婦講習所を創立。桜井女学校で受けた教育を、自身が次世代の看護師たちに伝える側に回った。明治後期から大正にかけて、日本の看護教育は徐々に制度化されていくが、その下地を作ったのが鈴木のような最初期の看護師たちによる「自分たちで養成所を作る」運動だった。
同期の大関和は、関口病院、栃木の知命堂病院(ドラマ「風、薫る」の上越市の知命堂病院初代看護婦長としてのモデル)など各地で看護婦長を務め、感染症対策や派出看護婦会の運営など、現場での実践面を担った。1896年には大関も鈴木が設立した東京看護婦会の教師として加わり、後に同会の主任を務めるなど、二人の組織は密接に連動していた。(出典:大関和 - Wikipedia)
鈴木が組織と教育、大関が現場と実践——二人の役割は明治看護界の二つの柱を作る形で分担された。鈴木雅は1940年(昭和15年)6月11日に逝去。82歳まで看護界の長老として活動を続けた。
— 03朝ドラ「風、薫る」と現代の再発見
2026年度前期の NHK 朝ドラ「風、薫る」は、田中ひかる著「明治のナイチンゲール 大関和物語」(中央公論新社、2023年)を原案とする。脚本は吉澤智子、主題歌は Mrs. GREEN APPLE「風と町」、26週・全130話の構成で2026年3月30日から放送開始された。(出典:風、薫る - Wikipedia)
主人公は二人——一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)。物語上の人物造形は史実通りではないが、桜井女学校で出会い、近代看護を学んだ世代という構造は、史実上の鈴木雅と大関和の関係に大まかに重ねられている(ドラマで二人を指導するスコットランド出身の看護教師マーガレット・バーンズは、史実で養成所を指導した米国人看護教育者アグネス・ヴェッチを翻案したドラマ独自の人物である)。一ノ瀬りんの役柄には鈴木雅の組織化・教育者としての側面が、大家直美の役柄には大関和の現場での実践と「孤児として始まった人」の物語が、それぞれ部分的に投影されている。
朝ドラがたびたび実在の女性をモデルとしながら、その伝記的事実を超えてフィクションとして再構築するのは、放送形態の特性上、ほぼ毎回繰り返されてきたことだ。「風、薫る」もまた、鈴木雅と大関和の生涯を厳密に再現するドラマではない。しかし、明治期の日本で職業を確立しようとした女性たちの集合的な経験を、現代の朝の視聴者に届ける試みとしては、極めて意義深い設計になっている。筆者としては、鈴木雅という名前が一度でも朝の食卓に届くこと、それ自体が、長らく男性中心に語られてきた明治の近代化史への小さな補正として機能することを期待している。
鈴木雅の名前は、ドラマ放送中の半年間、彼女自身ではなく見上愛が演じる一ノ瀬りんの背景として視聴者に届く。それは伝記の正確な再現ではないが、忘れられかけていた一人の看護師の存在を、再び広い社会的記憶に呼び戻す機能を果たすだろう。