NHK 連続テレビ小説——通称「朝ドラ」——は、1961年の第1作「娘と私」(獅子文六原作)以来、原則として一人のヒロイン(または主人公)を中心に物語を組み立ててきた。半年×26週・全130話前後という長尺の形式は、視聴者が一人の登場人物に長期間寄り添うことを前提に設計されている。
それゆえ「W主演」「ダブル主演」「ダブルヒロイン」と明示された作品は、60年余の歴史の中で数えるほどしかない。2026年度前期の「風、薫る」(見上愛 × 上坂樹里)は、その極めて短いリストに、一つの「初めて」を加えた作品でもある。本稿は、朝ドラW主演の歴代作品を筆者が観てきた範囲で整理しながら、「風、薫る」が更新した枠組みを順に確認していく。
— 01なぜ朝ドラは単独ヒロインが基本なのか
朝ドラの第1作「娘と私」(1961年度)から始まり、第2作「あしたの風」、第3作「あかつき」と続く初期作品は、いずれも一人の主人公の半生を追う構造を持っていた。1966年度の「おはなはん」は、樫山文枝演じる単独ヒロインが全国的な視聴習慣を作った最初期の作品として知られている。
1983年度の「おしん」(小林綾子→田中裕子→乙羽信子の三人が同一人物の少女期・青年期・老年期を分担)は、平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%という、日本のテレビドラマ史上最高記録を作った——だがこれも「年代別に三人で一人」の役を分担しただけで、構造としては単独ヒロインの物語だった。(出典:おしん - Wikipedia)
朝ドラを継続的に観てきて感じるのは、「朝食の時間に毎日15分、同じ顔を見続ける」という視聴の習慣が、ドラマの語りの中心が分散すると弱まる、という形式上の事情だ。半年間で130話、一人の女性の人生に視聴者の感情を一対一でつなぐ——プロデュース陣が長らく単独ヒロインを基本形態として保持してきたのは、この朝の食卓の習慣に合わせた合理性に基づいている。
それでも例外は存在する。次節で見るように、朝ドラはまれに「ダブル主演」と公式に呼ばれる作品を生み出してきた。ただしそれらは、ほとんどが「家族関係にある二人」の物語だった。
— 02歴代のダブルヒロイン・W主演(過去作品一覧)
公式に「ダブル主演」と表現された朝ドラを、筆者が観てきた範囲、および連続テレビ小説作品一覧(Wikipedia)を参照して整理すると、以下が代表的な事例になる。
「旅路」(1967年度・第7作) 横内正と日色ともゑが鉄道員夫婦としてダブル主演。平岩弓枝が自身の小説をテレビ用に書き下ろした作品で、北海道・東京・大阪・京都・三重を舞台に、大正から昭和の戦中戦後を生き抜く夫婦の物語を全309回で描いた。朝ドラとして最後の白黒作品である。当時の朝ドラとしては異例の男性主演格を立てる構成で、夫婦の物語として「二人で一人」を描いた事例。(出典:旅路 (1967年のテレビドラマ) - Wikipedia)
「私の青空」(2000年度前期・第62作) 田畑智子と篠田拓馬が母・息子としてW主演。脚本は内舘牧子。シングルマザーの母と成長していく息子の二世代を並走で描く構成で、朝ドラとして初めて未婚の母を主人公に据えた作品でもあった。平均視聴率24.1%、最高28.3%。「血縁関係のあるダブル主演」の代表例として記憶されている。(出典:私の青空 - Wikipedia)
「だんだん」(2008年度後期・第79作) 三倉茉奈・三倉佳奈の双子姉妹がダブルヒロイン。生まれてすぐに離れ離れとなり、島根県松江と京都でそれぞれ育った双子が大人になって再会する物語。脚本は森脇京子。マナカナの二人は1996年度下半期「ふたりっ子」でダブルヒロインの幼少期を演じた経験があり、彼女らが大人になって主役で戻ってきたという、視聴者側にも記憶の連続性がある起用だった。(出典:だんだん - Wikipedia)
「マッサン」(2014年度後期・第91作) 玉山鉄二とシャーロット・ケイト・フォックスの夫婦ダブル主演。ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝とその妻リタ(スコットランド出身)をモデルに、朝ドラ史上初めて外国人女優を主演格に据えた作品。これも「夫婦」というフォーマットの中での二人主演だった。(出典:マッサン - Wikipedia)
「あぐり」「カーネーション」「あまちゃん」など、ヒロインとそれに準じる重要な役柄が存在する作品は他にも多いが、公式に「W主演」「ダブル主演」「ダブルヒロイン」と打ち出された事例は、上記四作品が中心になる。共通点は明確で、いずれも「夫婦」「親子」「双子」——つまり家族関係にある二人が物語の二つの中心軸を共有する構造だった。
— 03「風、薫る」が更新した枠組み
2026年度前期、第114作「風、薫る」(脚本:吉澤智子、原案:田中ひかる「明治のナイチンゲール 大関和物語」中央公論新社、主題歌:Mrs. GREEN APPLE「風と町」)は、見上愛と上坂樹里の二人を「W主演」と公式に明示した。本作の特異性は、二人のキャラクター——一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)——が、夫婦でもなく親子でもなく双子でもなく、明治期の看護婦養成所で出会う友人同士であることだ。
NHK 自身の公式情報・Wikipedia ともに、本作は朝ドラ史上「血縁関係のないダブルヒロインは連続テレビ小説として初」と明記している。「だんだん」(2008年度後期)以来17年ぶりのダブルヒロイン作品だが、双子という血縁を共有しない、初対面で出会う他人の女性二人を半年間並走で描く構造は、朝ドラ60年で初めての設計である。(出典:風、薫る - Wikipedia)
舞台は明治期、看護がまだ「賤業」と蔑まれた時代の桜井女学校付属看護婦養成所——史実上は鈴木雅と大関和が同期として学んだ場所である。物語の二人は、スコットランド出身の看護教師マーガレット・バーンズ(演:エマ・ハワード)のもとで近代看護を学ぶ第一期生として、それを日本に根付かせる仕事を分担する形で半年間描かれる(バーンズは、史実で桜井女学校の養成所を指導した米国人看護教育者アグネス・ヴェッチを翻案したドラマ独自の人物である)。職業を共有する女性二人を主軸に据えるという選択は、現代の視点から見れば極めて自然だが、朝ドラの形式史の中ではほとんど前例のない実験になっている。
前作群が「家族の中の女性」を描いてきたのに対し、「風、薫る」は「仕事の中の女性二人」を描く——これは朝ドラ60年の単独ヒロイン伝統を、家族中心から職業中心へとシフトさせる試みでもある。2,410人のオーディションで上坂樹里を選び、すでに大河「光る君へ」(2024)と映画「国宝」(2025)で評価を獲得していた見上愛を主演に据える布陣は、NHK が本作にかける期待値の高さを示している。
朝ドラ視聴者として10年以上見続けてきた立場から見ると、この「友人同士の女性二人」を半年間の中心に据える選択が、形式論として、また物語上の野心としてどう着地するかは興味深い。家族の絆を物語の太い軸として使えない以上、職業と思想の共有がそれに代わる重力源になる必要がある——半年間という長尺の中で、その引力が最後まで持続するか。前作の朝ドラがしばしば中盤で家族の事件に物語を引き戻していたのに対し、本作は職業の現場でその引力を作り続ける構造になっており、これは形式上の挑戦である。
放送は2026年3月30日から26週・全130話、9月最終週まで続く。朝ドラW主演の系譜が、家族の物語から女性二人の職業の物語へ、半世紀かけて辿り着いたその瞬間を、視聴者は半年間記録することになる。